現代思想の争点

 快晴。読書、その他。休肝日ならぬ、休観日なので、昨日の晩飯の残りもの(お好み焼き)を齧りながら、ちょっと読んだものを整理。

 

ビフォア・セオリー―現代思想の“争点”

ビフォア・セオリー―現代思想の“争点”

 論文でも発表でもその良し悪しは、八割方序論の良し悪しで決まる。最悪なのは、問題が何なのかすら示さないものである。そういう批評と呼ぶに値しない例外は稀であるにしても、その問題を解くことに意義があるのかどうかを問う序論にはそうそうお目にかかれない。先行研究を参照するのはまず当然としても、その問題が今まで論じられてこなかったから、という言い訳は、ひとつの研究を行うための初期条件を設定したことにならない。論じられたことがないから論じるという学者に、かつてシェイクスピアの生家の瓦の数を数えた学者を「そんなことをして何の意味がある!」と責める資格はない。問題が問題なのは、その問題が未だ手をつけられたことがないからではなく、それが解くに値する問題だからである。問題が解くに値するものであることを納得させるにはどうしたらいいか。問題の背景を示す、つまりは問題が<争点>であることを示せばよい。
 しかし、問題を<争点>として示したくとも、現代思想を紹介する多くの著書は、ひたすら概念や思想家の経歴の説明に終始し、それがどんな問題を孕んでいるのかというのをあまり教えてはくれない。思想家単位でモノを書くと、どうしても引き出しを出すだけ出して、どこに何が入っていたのかわからなくなる。整理整頓が苦手な私のような凡才は、あれは何だったっけ、これはなんだったっけと引き出しと引き出しとの間を右往左往する羽目になる。そこで本書の登場である。本書は、ひとつの引き出しの中に何が入っているのかを丁寧に整理、つまり現代思想における<争点>を示してくれる。片付け・掃除が苦手な諸氏に成り代って、ダスキンよろしく整理整頓を請け負ってくれるのである。クリーン、クリーン。
 第一章ではモダンとポストモダンを扱い、リオタールやジェイムソン、ハーバマスあたりを並べながら、主として美学と政治学あたりに焦点を当てているように見える。モダン/ポストモダンを時代区分に対応した互いに独立したものとして扱うのではなく、相互参照的に扱わなければならないというのは当然のことであるが、Bernsteinの指摘を引用し、この問題系もやや色あせた感があることを匂わせて閉じる。
 第二章は、主体と他者。難解なフッサールでいきなり躓きそうになるが、辛抱強く読むとレヴィナス、ハーバマス、ラカンとの違いをもって徐々に分かるようになる。「問いの主体」(ジジェク)と「応答の主体」(ラカン)という区別は分かりやすい。
 第三章は、イデオロギー。イーグルトンの『イデオロギーとは何か』を導きの糸として、上部構造としてのイデオロギーからフェティシズムにおける現実と精神の転倒に至るまでのマルクス、初期ハーバマスのコミュニケーションを阻害するイデオロギーアルチュセールの国家のイデオロギー装置、ジジェクイデオロギー幻想と話は続く。
 第四章は、理性/非理性。カッコつきで(ミシェル・フーコー)とあるように、大々的にフーコーの説明が続く。しかし、やっぱりこの本らしいのは、「考古学」に対するデリダの批判(構造主義じゃないですか)を織り込んでいるところ。ちゃんと<争点>となっている。「『法的な自由』は、主体の行為の明確さによって測られるが、主体に対する『法的な免罪』の方は、主体の行為の不明確さによって判断される」(174)というまとめや、それに引き続く犯罪人類学の遺産の説明が面白い。
 第五章は、アクチュアリティー。主に世界の現在的なあり方について。系譜学以降のフーコーの権力論(生権力を含む)からデリダの倫理的転回(脱構築の説明やレヴィナスとの親和性)で一区切り。そのあと、ウォーラーステイン世界システム論(世界は政治的な次元とは別の経済的なシステムによって切り結ばれている)とお決まりのネグリの帝国(世界は政治的にも経済的にも帝国という一者に還元できない動的なシステムの中にある)。最後あたりでネグリの帝国/マルチチュードに対する批判が紹介されていて参考になる。
 以上、全五章。なんだジェンダーが無いじゃないか、身体がないじゃないか、パフォーマティヴィティがないじゃないか、という不満もあるかもしれないが、『ビフォア・セオリー』というイーグルトンの『アフター・セオリー』をもじったタイトルからいって、喫緊のトピックというより、昔から論じられてきて、かつ俯瞰して論じることのできるものを選んだ感じ。<争点>を整理する作業は大変だ。そしてそれを読むほうも大変だ。読み応えのある説明。再読に、再々読に堪えうる著書である。

 
 目ぼしい本:
The Freedom to Remember: Narrative, Slavery, and Gender in Contemporary Black Women's Fiction http://www.amazon.co.jp/gp/product/0813530695/250-5177421-3713833?v=glance&n=1000
 
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