国語力

 もろもろ。弁当+秋刀魚刺し。
 久しぶりに見たが、昨日の「リンカーン」は面白かった。しんみりと爆笑のバランスがよい。それもこれも、あのリーダーがどんなしんみりしたシーンでも「メーン」であっさりひっくり返してしまうおかげ(見てない人は何のことかわからないだろうけど)。今度は「メーン」とか「ディスる」を流行らせようとしているのか。disrespectだとは露知らず。discussかと思った。どうでもいいが、イジリー岡田の(ものまね)ナレーションに途中から違和感を感じなくなる自分が怖い。


秘伝 大学受験の国語力 (新潮選書)

秘伝 大学受験の国語力 (新潮選書)

 国語力とは、時代の空気を敏感に察知する能力。空気を読んで、読んでみた。
 
 はじめに大学受験を取り巻く環境の変化と現代文に出題される作家の流行を概説し、受験問題の作製に長年関わってきた著者なりの理想の受験のあり方が示される。著者の長年の分析によれば、入試問題は不変/普遍の国語力を問うているわけではなく、求められる力は行政の方針や世相、パラダイムシフトの影響を受けて頻繁に変転する。受験者は時代に応じて求められる国語力を演繹し、それを前提とした上で、問題に取り組むことが求められる*1
 しかし、著者が語りかけるのは受験生に対してだけではない。著者は、国語力を強力に規定する時代の枠組みへと受験者の意識を向けさせる一方で、出題者にも注文をつけることを忘れない。小・中・高の国語教育に顕著な道徳教育の弊害について各所で力説している著者は、出題される問題の道徳的主張を受験者に再現させるだけで、問題に向き合う過程において必要とされるはずの読解力を不問に付すような問題作成を厳しく批判する。現在の中学入試の傾向から判断すると、出題された文章の論旨をその文章に使われる言葉のみを使って再現したり、本文を読まなくとも設問を読めば道徳色の濃淡で正答を導き出せるような大学入試問題が6年後に(形を変えて)現れる可能性があるという。少なくとも現在のように、高校までの道徳教育からは隔絶した読解力を問う大学入試のレベルが維持されることを、著者は将来の大学入試の出題者に求めるのである*2
 以上のように、国語力の問題を回答・出題、双方向から概観した上で、本書は出題者の立場から受験生に向けて国語力の正体を実際の出題に応対しながら紐解き、また同じく他の大学の出題者に対しても受験生の国語力を問う上で有効な出題の方法を教授していく。
 まず現在の国語入試の傾向を浮き彫りにするために、近代の国語教育のあらましが述べられる。近代の国語入試は、そのほとんどが教養の有無を問うものだった。文脈を無視した短文が羅列され、その作品名や著者名を答えさせる*3。戦後期に入ると、やや状況は変わり、まとまった文章が出題されるようになる。しかし、それでも教養主義の傾向は変わらず、文学作品、または文学評論が問題として選ばれ、回答には文学史的知識が必須とされていた。もっとも、昭和30年代あたりの階級社会の衰退と軌を一にして、次第に教養主義は衰微の一途を辿る*4
 教養主義の没落を確認し終えた後で、ようやく読解主義時代の大学入試で求められる国語力についての解説が実際の問題に即して行われる*5。本書の過半は著者自らが国語力を実践し、解説する形式を採っている。そのため、著者の思考回路をできるだけ忠実に吸収したい読者は、著者の傍らで連綿と続く入試問題を解くことが求められる。国語入試に必要な読解力だけではなく、日常的に文章を読んだり、研究のために文献を読んだりする上で必要な読解力がここで的確に説明されている*6。タイトルによればそれは「秘伝」らしいので、ネタバレは避ける。ただの要約になってしまったような気もするが、著者によれば要約は読解力の基礎をなす大切な能力らしいので、必要条件は満たした、と勝手に判断し、胸を撫で下ろし筆を置く。

秘伝 大学受験の国語力 (新潮選書) (新潮選書)
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書評/教育・学習

*1:といっても、ここで想定されている受験生は、関西・関東の有名国公私立大学を受験するような偏差値の高い受験生なので、それに当てはまらない受験生は本書を手にとるよりも先にやることがあると思う。まず、新聞が読めるようになること。

*2:といっても、ここで想定されている大学入試は、偏差値の高い関西・関東の有名国公私立大学に限られる。それ以外の大学の出題者にそんなことを考える余裕はないと思われる。また、どうでもいい付け足しだが、受験生に「(時代の)空気を読んだ」国語力を求めるのは、著者を始めとする出題者側が「(時代の)空気を読んで」出題するからだと思う。

*3:そういえば、過去問を見た記憶を辿ると、大学院入試もつい最近までそんな感じだったような気がする。高等教育になればなるほど、教養に対する無邪気な信頼は根強いのだろうか。

*4:竹内洋教養主義の没落』を参照。

*5:昔に比べ、どんどん本文は長くなり、問題は難しくなっているらしい。

*6:文学研究者の末席を著しく汚す私から見て、読解に役立つと思われることが書いてあると思う。受験生のみならず、卒論やレポートを控えた大学生にとっても参考になるに違いない。また、最近の予備校では、小難しい評論に対応するため、文学理論を教えていたりするらしい。知らなかった。そういえば、従弟が受験したときの国語の二次試験問題には岩井克人が使われていた。理論を知っておいた方が確かに得な気もする。なお、本書を通読した感想としては、だいぶ急いで書いた印象を受ける。あとがきでもその旨断られている。