チンドン屋

 教育テレビを点けたら、初老の女性が舌をぺこちゃん風にぺこっと出し、左右にひょいひょいと動かしている様子がアップで映っていた。無意識のうちに彼女の真似をしていた。すると、カメラの映像がさっと引いて、インストラクターらしき女性が顕われ、開口一番、「この運動をすると入れ歯がちゃんと定着します」。慌てて舌を引っ込めた。

チンドン屋!幸治郎

チンドン屋!幸治郎

 以前、街に行ったときにばったりチンドン屋に出会って以来、ちょっと興味を持って、関連本を読んだり、CDを聴いたりしている。数冊読んだ中で、これが今のところ一番。業界の先導者である著者による体験記と数人の同僚も含めた対談。
 広告産業の近代化に並行して衰微の一途を辿る斯界も、近年、演奏の心得がある若手が相次いで参入し、たびたび耳目を集める。著者が立ち上げた「チンドン通信社」のように法人格をもつチンドン屋も数多い。一見簡単に見えるが、誰でも簡単にできるわけではもちろんない。
 盲滅法歩き廻っているわけでもないようで、派遣先の街並みや人当たりなどに配慮しながら、自分たちの空間を探していく。公共の道路も、無色透明の空間ではなく、私的テリトリーによって埋め尽くされている。分別と鋭敏な嗅覚を求められる。
 霜天の下の焚き火にあたるように、付近の住人がわらわら出でて、休憩中のチンドン屋のまわりに集まり、しきりに話しかけてくる。宣伝するのが仕事のチンドン屋も、こうして小さな共同体の相談相手のような役回りを演じることもある。
 全国各地、時には海外まで繰り出すこともあるチンドン稼業。怪しげなブッカーも多く、そのたびにトラブルになるが、逞しく乗り越えていく。トラブルのたびに、自負を滲ませながらも、どこか面白がっているふしがあって、おもしろい商売だなという思いを新たにする。
 

この店のために一生懸命宣伝しても、別に何の歩合もないんです(笑)。でもそれが自己実現になる。いろんな人との出会いもある。音楽でいえば、世の中には、音楽なんか全く興味がない人が6割、7割もいるんです。音楽に凝り固まっている人は、そういう音楽に興味のない人とは出会えないわけですよ。でもぼくらは出会える。ぼくらは純粋音楽をやっているのではなくて、「音楽が含まれる行為」をやっているつもりなんですね。

「音楽が含まれる行為」とはいい表現だと思う。