バルセロナ・サッカー篇

 生涯初のサッカー観戦がカン・ノウ。初めての教会見物がサン・ピエトロ大聖堂みたいなもんだ。いや、実際そうだったのだけど。
 対ビルバオ戦。マルカ紙でチェックしたところ、土曜日開催。というわけで、当日券を求めることになったのだが、ごくあっさりトリブナ席(メインスタンド一階)2枚ゲット。
 その後、CLリヨン戦の売り場を求めてスタジアム周辺を彷徨う。というのも、売り子さんたちは自分の仕事のことしか把握しておらず、聞くたびにトンチンカンな場所を案内してくれるため。いい加減疲れてちょっとバルで休憩しようかと歩き出すと、持ち前の方向音痴が顔を出し、ずいぶん散歩する羽目になる。雑貨屋のブラジル系と思しきロナウド似の御夫人が正確なパスを出してくれたおかげで再びスタジアムに帰ることができた。
 7番ゲートから中に入り、ショップ脇のチケット売り場でリヨン戦のトリブナ席2枚あっさりゲット。そのままスタジアムツアーに出かける。スタジアムは、思っていたほど大きくはない印象。いやま、もちろん大きいのだけど。見所は吐き気を催すほど異常な数のトロフィー・記念品を蒐集、陳列している博物館。が、あまりの過剰さにだんだん辟易する。スペイン人、饒舌すぎる。
 今度は間違えずにバルセロナ市街をたすきがけしているディアゴナル通り沿いのバルまで戻り、時間を潰す。試合開始一時間半ほど前に会場へ。
 開場まで10分ほど待ったが、ほどなく開門。席にたどり着く。しばらくライトや広告の看板が点いたり消えたり。ビルバオの選手たちがピッチの状態を確かめにやってくると、サポーターがざわめき始める。長距離移動をものともせずやってきたビルバオのサポーターが選手の名前を呼ぶと、選手たちはスタンドに向かって控えめに手を振る。寡聞にしてひとりも名前を知らない不届き者だが、一応写真は撮る。


 散水。きれいなピッチだ。お湯はまともに出ないし、電化製品もほとんど輸入ものなのに、ピッチの状態を維持するテクノロジーは先進的である。どう考えても偏っている。


 その後、ほどなくして、バルサビルバオ両軍のキーパーが出てきて練習を開始。一通り終わると、両軍のフィールドプレイヤーが登場、スタジアムは歓声と喧騒に包まれる。
 バルサの選手たちはピッチの横幅を使って往復ダッシュしたあと、体を軽くほぐす。先発組はゴール付近でパスやシュートの練習を消化し、サブの面々はベンチに近い位置で「鳥かご」(鬼役の人を囲んで取られないようにボールを回す)に興じる。
 他方、ビルバオの選手たちはかなり本気モードの練習。ピッチの半分を3分割して、攻撃と守備に分かれ、局面を設定した実戦練習。国王杯決勝の前哨戦でもあるこの試合に対する意気込みのほどが窺える。

 
 選手入場。件のバルサ応援歌をスタジアム全体が合唱。揺れる。最後の「バルサ」三連呼だけは付き合う。そして、スタメン発表。ビルバオの選手たちの紹介は指笛の音にかき消されて何も聞こえない。バルサの番になると、名前のあとに「オイ」だか「オレ」だか掛け声がかかる。「オイ」と「オレ」の中間ぐらいの掛け声で様子を見る。テンション上がる。カープ戦の「かっとばせー、前田、前田(続く)」コールに伴う屈伸の永久運動を思い出す。


 以下、写真では何も伝わらないし、その上カメラの機能も撮影技術も平凡なのを承知で、とりあえずメッシ。前半、ハーフウェイライン付近、右サイドでふたりに囲まれながら、小刻みにボールを動かし、一瞬の隙を突いて左回りに回転、一気の加速で悠々ペナルティエリアに侵入、シュートまでいった惜しいシーンは流石。マツコ・デラックスに似た肌の色をしたイニエスタと並んで、MVP級の活躍。


 バルサの選手が倒されると、観客はおしゃべりをやめて騒ぎ出す。そして当然のごとく警告の要求。カタルーニャ人が審判だったら、前半のうちにビルバオの選手はすべていなくなってしまうことだろう。この日のゴールは2本。セルヒオ(ブスケス)がセットプレイだったか、ヘディングでゴール。それから、メッシがPKを決める。ビルバオ一騎当千センターフォワードが前半15分に一対一の好機を逃すと、あとはずるずると後退。バルサのワンマンショーとなる。といった試合内容に関してはテレビ中継を見たほうがよくわかるはずなので、まあいいか。現地観戦の醍醐味はなんといっても雰囲気。攻撃的な好プレーには拍手とチャントで応え、バルサの選手が倒されると身内が殺されたかのように大騒ぎ。交替してピッチを去る選手にはスタンディングオベーション。ゴールが決まると全員立ち上がって狂喜乱舞。けれども、つくづく思ったのは観戦マナーがいいな、と。立ち上がってもすぐに着席するし、誰も好き勝手なタイミングでは立ち上がらない。私の前の席には意気消沈するビルバオのサポーターと狂喜乱舞するバルササポーターが隣り合って座っていたのだが、元気出せよ、とばかりに後者が前者の肩を叩く場面もちらほら。反体制の歴史を共有する両者ゆえの絆なのかどうかわからないが、友好ムードすら漂っていた。床にタバコやらゴミやらを放りまくるのはこちらのバルの風習に倣ってのものだと推測。床が汚ければ汚いほどそのバルは繁盛している。というわけで、カン・ノウは今日も大繁盛。


 アンリ。オーラを一番感じたのはこの人。でも、この日は好機を何度逸したことか。運動量も少なく、貢献度は低い。厄日。同じく厄日で試合後には「3時間プレイしてもゴールを決められなかっただろう」というお茶目なコメントを残したエトオは、数え切れないほどチャントを歌われ、何度もコールを浴びていた。アンリやメッシにはほとんどなし。前半のオーバーヘッドの印象点を割り引いても、このクラブで一番愛されているのはエトオなのだと思い知った。
 終了5分前ぐらいに会場をあとにする。帰りの足のことをあまり考えていなかったので、雑踏の流れに任せて地下鉄にえいや飛び乗る。意外とすいてるじゃん、と胸を撫で下ろしたのも束の間、次の駅で乗車率150パーセント(体感)の悪夢。何度途中で降りようと思ったことか。体中の体液を搾り取られたウルメイワシのようになって、そのまま臭いまま寝る。

 
 リヴァプールvレアル・マドリー戦はアパートのケーブルテレビで観戦。レアルが記録的大敗を喫した衝撃的なゲームだったわけだが、レッズがゴールを挙げるたびに炸裂音が静寂を裂く。爆竹、とか生易しいものではなく、打ち上げ花火に近い何かだと思われる。レアルの敗退が決まると、炸裂音は勢いを増し、時々サッシが震えるほど。フランコ肝いりのクラブだったレアルは、フランコによって消滅の危機に瀕したバルサのサポーターにとって天敵中の天敵。これは確実に「モルボ」だな、っと。どうやらカタルーニャ人に竹内まりやは必要ないようで。ほぼ毎日がスペシャルなのだから。
 最後の夜、CLリヨン戦。タクシーで飛ばしたが、渋滞に巻き込まれ、「トラデシオン」と笑う運転手を制して途中で降りる。速歩き。なんとか選手入場には間に合う。アンセムには独特の緊張感がある。リヨンの選手紹介には一段と音量を増した指笛が被さる。86000超の入場者にリヨンサポーターは埋没し、影も形もない。CLではスチュワードに加えて地元の警察官も警備にあたっているようだ。


 リヨンのエースストライカー、ベンゼマはでかい。しかし、この日はほとんど出番なし。先週のリーグ戦で腰を痛めたらしく元気がなかった。そしてバルサのゴールラッシュ。最終的には5-2というスコアで終わる。帰国してテレビで試合を見てみたら、案外リヨンがどうにかできそうな場面がいくつもあって驚いた。それもそのはず、リヨンがシュートしてもゴールしても、バルササポーターは無反応。この雰囲気の中で公平なジャッジを要求される審判のお仕事の偉大さを思った。


 アンリが負傷。ほどなくしてボージャン(だったか?)と交代。この日は美しい2ゴールを披露。メッシ、エトオもそろい踏み。それにしても、頻繁にポジションチェンジを繰り返すメッシ・エトオと比較するとアンリの運動量は圧倒的に少ない。スピードも衰えを隠せない。やはり本人の言の通り、引退の日は近いのかもしれない。なんていうことは、テレビを見ていたほうがよくわかる。テレビではわかりにくいことといえば、パスが通らなかったあと、ジェスチャーで行われる受け手と出し手の意見交換とか、センターバックと駆け引きをするエトオだとか。いや、それよりも欣喜雀躍、快哉を叫んだかと思えば、大勢が決すると途端にリラックスムードになったり、反対サイドのプレイには無反応だったり、と観客の雰囲気がおもしろかった。


 ジュニーニョ・ベルナンプカーノが退場。このときはなんで退場したのか全く分からなかったが、どうやらバルサの選手に対する暴言が原因だった模様。1ゴールを記録するも1stレグで抜刀した伝家の宝刀・フリーキックの見せ場はなし。ビハインドの状況にもかかわらず、けたたましく鳴る指笛を浴びながらゆっくりと退場していくその姿に、リーグ6連覇を達成したチームのサイクル終焉を思った。しかし、このおっさんの頭、よう映っとるな。


 試合終了。件のバルサソングを大合唱でゴールラッシュの宴を締めくくる。帰りはバイクのクラクションが奏でる歓喜の歌を聴きながら、人の波を掻い潜り、ディアゴナル通りでタクシーを捕まえる。裏道を使ってほどなくして帰宅。やっぱり帰りに地下鉄はつかってはいかん。
 CLだから特別かな、と想像してたが、やはり2回目はインパクトが薄い。一生記憶に残るのは、ビルバオ戦の方だろう。
 長々書いて、いいかげんうんざりしたので一ヶ月ぐらい休みます。