オシムの教え

 今月、自由に過ごせる最初にして最後の週末。羊飼いのパイとトビウオの刺身。うまい。
 日本vsサウジアラビア。0−1。前半の15分までサウジは激しいプレスで攻勢に出る。恐らくサウジのゲームプランとしては、ここであわよくば先制点を奪って、守りを固め、カウンター狙い、というところか。ここをうまく凌いだ日本。その後次第にボールが回るようになる。攻めの中心は左サイドの駒野とサントス。もどかしいほど何度も簡単にボールを失うものの、時折決定的なチャンスが生まれる。サウジはこの日本の左サイドの裏のスペースをカウンターで狙う。あるいは、遅攻であっても、日本の左サイドを中心に攻め、日本の攻めの長所を消す狙い。後半に入ると、日本は右サイドの加地を起点に攻めるようになる。時折、加地の突破から決定的な局面を作るも、前線の連携不足か、ポジションが重なったり相手任せになったりでゴールには至らない。時間が経つにつれ、足が止まってくる。とはいえ、サウジの方も攻め手があるかといえば、そういうわけでもなく、漫然とした攻め。ドローの予感。日本の守備陣は足が止まり、中盤のプレスがかからなくなったせいか、ボール保持者に対する寄せが次第に甘くなり、随分後方でディレイ志向の守備をするようになる。当然、不用意にシュートを撃たれる局面が多くなる。シュートのこぼれ球をドフリーで決められる。途中出場の佐藤寿人も我那覇も羽生も、テンポを変える役目は果たせず。全体的に運動量が落ち、只でさえ低い精度のパスがどんどん劣化していく不可逆の流れの中に彼らも埋没していく。終盤、トゥーリオを前線に上げようとするが、これまた中途半端な中盤の位置で、何がしたいのか皆目見当がつかない。トゥーリオはパサーですか?最後はオシムが「子供病」と名づけたパスミスの連発で終了。
 連携がうまくいかないのはしょうがないし、連携のズレでパスを失敗するのは仕方ない。けれど、足元への簡単なパスを失敗したり、成功したとしてもちょっとマイナス気味になって攻撃のテンポを狂わせてしまうのはいただけない。ワンタッチで繋ぐ以前の問題で、パスの受け手が向いている方向や利き足に合わせる、あるいは相手チームの選手がいない方向にパスをする、という最低限の約束事が守れていない。これでは走り回ってワンタッチのパスで相手を動かしスペースを作りそこにどんどん飛び込んでいくオシムのやりたいサッカーができるはずもない。まずは止まった味方にちゃんと意図やメッセージのあるパスを送れるかどうか、つまりは3人目の動き云々以前に2者間の関係の見つめ直しこそがスタートではないか。この約束事ができているときは、試合でもちゃんとチャンスが生まれている。オシムのサッカーの肝は、難しいことを考えさせ、それにトライさせ、常にbrain stormingの状態に置くことで、難しいことの基底にあるごく簡単なことを見つめ直すことにあるような気がする。それが見えたという意味では、この敗戦もあながち悪いものではない。ジーコジャパンのように、同じ失敗を繰り返さなければいい。ノビシロはまだたくさんあるだろうし。