資本論

 もろもろ。豚の炒め物。

 

マルクスの『資本論』 (名著誕生)

マルクスの『資本論』 (名著誕生)

 あっという間に読める。思想系のシリーズ本は数あれど、これはなかなかいいシリーズなのではないかと期待させる。訳者/解説陣も豪華(そのうち出るであろうトマス・ペイン本の解説はウッチー)。分量は200ページほどで、字の大きさも程よく読みやすいし、ポイントをよく掴んでいる。解説は佐藤優
 『資本論』に至るまでのマルクスの長い紆余曲折を猛ダッシュで駆け抜けると、『資本論』の理論的な説明と問題意識、文体等の分析を簡略かつ的確に記し、あとは再び猛ダッシュマルクス以後、すなわちマルクス主義の興亡について解説してみせる。著者はイギリスのジャーナリストなのだそうだが、文章にウィットが利いていて素晴らしい。バルザックの『知られざる傑作』における、何度も書き直しているうちに何を描いているのかわからなくなってしまう画家の肖像画のモチーフを冒頭に持ってきて、それをマルクスのアナロジーとするなど、話が抜群に面白い。「かつてこれほど貨幣に不足している者が、貨幣について書いたことはないだろう」などなど、エンゲルスマルクスの爆笑を誘うやり取りがふんだんに盛り込まれているのもよい*1
 理論的部分に関しても、商品―貨幣―商品(売ったお金で買う)という使用価値に落ち着く流れと、貨幣―商品―貨幣’(お金を元手に生産して売って儲ける=貨幣が資本になる)という剰余価値を生み出す流れとを分けて示し、後者にマルクスは資本主義の特性を見出した、と説くあたりかなりわかりやすい(労働力−賃金=剰余価値)。マルクスは、労働者が働けば働くほど貧乏になるといったのではなく(絶対的窮乏化)、働けば働くほど資本から引き離されていくと考えた(相対的窮乏化)、というのも腑に落ちる。ただ、解説で、日本のマルクス研究に照らすと価値形態論の解釈が古いと指摘されているように、(フェティシズムのあたりで掠ってはいるものの)労働による生産ではなく、貨幣を介した交換、ないしは商品に対して使用価値を認めることによって剰余価値が実現される、というあたりの指摘はないが、基本的な解釈としては本書で十分足りると思われる*2
 その他、博覧強記のマルクスの文章を文学的に評価したりもする。ディケンズが大好きなマルクス。ちょっとわかり安過ぎる構図だと思う。弁証法アイロニーなどの概念を用いて、マルクスの文章が『知られざる傑作』の絵と同じく何が書いてあるのかよくわからない理由も解説している。マルクスエンゲルスの関係(ホームズとワトソンみたいなもんか)やマルクスレーニンジャイアンスネ夫、うーん。要は虎の威を借りるというようなことで)の関係についても丁寧。革マル派共産党のイメージでマルクスを捉えていると大怪我することがよくわかる一冊。*3
 

 マルクスのお気に入りのモットーは、すべては疑いうるだったが、共産主義のロシアでこのモットーを実践して生き延びた人はいない。マルクスが実践したマルクス主義とは、イデオロギーというよりも、批判的なプロセスであり、弁証法的な議論を継続していくことであった。レーニンが、そして後にスターリンが、これをドグマに変えたのだった。

*1:読んでいるうちにだんだん一番疎外されていたのはマルクスなんじゃないのと思えてくる。あ、でも理論的にはマルクスは初期の疎外論から抜け出たわけで、実生活においても解脱していたのかもしれない。ところで、さんざん苦労した挙句出版された『資本論』に対する注目度があまりにも低いことを嘆く、嫁さんの言葉が大変重い。「これほど困難な状況で書かれた書物はめったにないでしょう。・・・・労働者たちが、彼らのために、彼らの利益のためだけに書かれたこの書物を完成するために捧げられた犠牲の大きさに気づいていたら、おそらくもう少しは関心を示すでしょう」。

*2:マルクス経済学の潮流についてほとんど知らないので、この古さというのがあんまりピンと来ず、あの御大の卓見で補ってみたものの、生半可な私としては保留あるのみ。

*3:ちなみに訳者がつけた注記はかなり充実している。原書と邦訳の照応もきっちり行われているし、アルチュセールに関して著者が誤解していると思われる箇所もしっかりフォローしている。労作。