編集文献学

明星聖子+納富信留編『テクストとは何か: 編集文献学入門』。単一の作者や決定版、作者の真意なるものは(理論的にではなく)実証的に存在しない。作者の意図や作品という概念を根本から問い直す一冊。訳書『グーテンベルグからグーグルへ』の続編といっていい。
問うべきテクストはひとつではなく、複数存在している。だからテクストを前にした論者は、テクストの選択とその限界に自覚的でなければならない。
作者の意図も同様。作者の意図は、書く前、書いているとき、書いた後、死ぬ前、など局面に応じて移り変わるし、意図を示す証拠を残していたとしてもそれを宛てる相手によっても変化するかもしれない(経験的にもよくわかるはず)。
作者なるものは、複数の意図の間で移ろう一貫性を欠いた存在であると同時に、編集者や読者、近親者、書写人、印刷工、劇団員など無数の人間が共住する場所でもある。実在する作家を名指しつつ、著者名はそうしたさまざまな条件を便宜的に統合し、市場を流通するブランド名として機能する(作者機能)。
このように、テクストも作者もそれらに対する読者の解釈も、権利上、単一のものには限定されない。しかしだからこそ、読む営みは常に豊穣となりうる。
本書の俎上に上るのはプラトンゲーテ、聖書、チョーサー、ムージルシェイクスピアワーグナー、フォークナー、ニーチェカフカ。文学だけではない。哲学もオペラも神学も、あらゆるテクストを問い直さなければならない。ドイツ文献学の先端に学ぶ。