孤児列車

孤児列車

クライン『孤児列車』。一九世紀中庸から一九三〇年代ぐらいまで行われていた、都会の孤児を田舎の家に養子縁組する「孤児列車」という運動に取材して、現代の孤児と過去の孤児との交流を描く小説。終盤、かなり「アメリカン」な方向に振れていってしまうのが残念だが(だから全米ベストセラーなのだろうけど)、孤児の苦境を丁寧に描く前半は真に迫っている。孤児はこどもとして扱われることは極めてまれで、実際は安価な労働力としてもらわれていった。孤児には孤児院での生活を遥かに越える困難が待ち受けていたということを知るという一点において価値のある一冊。


震えのある女 ─ 私の神経の物語

震えのある女 ─ 私の神経の物語

ハストヴェット『震えのある女』。講演中、喋りはいたって冷静だし、頭もクリアなのに、首から下が勝手に震え出してしまう。ある日突然そんな症状に見舞われたハストヴェットは、「震える女」という内なる他者のことを知ろうと試みる。脳科学精神分析、哲学、文學、認知科学等の文献を渉猟、あてどない彷徨を続けるその過程はさながら九十九折りのごとし。一九世紀的ヒステリーや心身二元論らを退け、制御の及ばない症状を厄介な隣人として扱うのではなく、そこに自ら飛び込み同一化する。偏頭痛を忌避するのではなく偏頭痛持ちの自分を認めることで頭痛とうまく付き合えるようになった経験をもつ著者は、震えさえも同じように自分の一部として認める道を選ぶ。『ひとはみな妄想する』におけるラカンとは別の路線からアプローチを重ね、別解を導き出す。意識や心、情動論をめぐる重厚な思索はスリリングで、「闘病記」という帯はミスリーディング。小説や他のエッセーも読んでみたくなる傑作。